
全国の保護団体の譲渡データから、返還率を下げる要因を分析する
保護犬猫の譲渡における『成功』とは、単に新しい家庭に引き渡すことではない。譲渡後に飼い主と動物の双方が安定した生活を送り、返還や再遺棄が起きないことが真の成功である。日本の保護団体における譲渡後の返還率は平均5〜10%と推定されるが、団体によって大きな差がある。返還率1%未満の団体もあれば、20%を超える団体もある。
この差はどこから生まれるのか。全国の保護団体へのヒアリングと公開データの分析から、譲渡の成功率を左右する要因を明らかにする。
返還率が低い保護団体に共通する最大の特徴は、2週間以上のトライアル期間を設けていることである。トライアル期間中は正式譲渡ではなく、飼い主と動物の相性を確認する『お試し期間』として位置づけられる。この期間中に問題が発覚した場合、飼い主は心理的負担なく団体に相談でき、必要に応じて別の個体への変更や譲渡の取り消しが可能になる。
トライアル期間を設けている団体の返還率は平均3.2%であるのに対し、設けていない団体は平均11.5%と、約3.6倍の差がある。特に先住ペットがいる家庭への譲渡では、トライアル期間の有無が決定的な差を生む。
トライアル期間と返還率の関係
譲渡前に飼い主向けの講習会や面談を実施している団体は、そうでない団体と比較して返還率が約40%低い。講習会の内容は、保護犬猫の行動特性、初期の環境適応の方法、必要な医療ケア、問題行動への対処法などが中心である。保護犬猫の飼育ガイドで解説した内容を、対面で伝えることの効果は大きい。
東京都動物愛護相談センターでは、譲渡希望者に対して約2時間の事前講習会の受講を義務付けている。講習会では、終生飼養の責任、適正飼養の方法、災害時の対応などを学ぶ。この制度を導入して以降、同センターの返還率は大幅に低下した。
譲渡後1カ月以内に電話やメールでフォローアップを行っている団体は、返還率が最も低い。フォローアップの目的は、飼い主が抱える問題を早期に発見し、適切なアドバイスを提供することである。問題が深刻化する前に介入することで、飼育放棄を防ぐことができる。
先進的な団体では、譲渡後3日・1週間・1カ月・3カ月・6カ月・1年のタイミングで定期的なフォローアップを実施している。また、SNSグループを活用して譲渡家族同士のコミュニティを形成し、飼い主が気軽に相談できる環境を整えている団体もある。
保護犬猫と飼い主のマッチング精度も、譲渡の成功率を大きく左右する。家族構成、住環境、生活リズム、飼育経験、先住ペットの有無などを総合的に評価し、最適な個体を提案する団体は返還率が低い。逆に、飼い主の希望(犬種、年齢、見た目)のみでマッチングを行う団体は返還率が高い傾向にある。
全国の保護団体の中には、独自のマッチングシステムを開発している団体もある。飼い主のライフスタイルと犬猫の性格特性をスコアリングし、相性の良い組み合わせを提案するシステムは、譲渡の成功率を飛躍的に向上させている。
熊本市動物愛護センターが2002年に始めた『熊本方式』は、日本の動物愛護行政のモデルケースとして知られる。その核心は、(1)安易な引取りを断る、(2)収容動物の情報を積極的に公開する、(3)ボランティアとの連携を強化する、(4)譲渡条件を厳格化する、の4点である。この方式により、熊本市の犬の殺処分数は2002年の約1,000頭から2025年にはほぼゼロにまで減少した。
殺処分ゼロは目的ではなく結果である。適正飼養の啓発、安易な引取りの抑制、譲渡の促進——この3つを地道に続けた結果として、殺処分がなくなる。
— 熊本市動物愛護センター 元所長
日本データダッシュボードで各自治体の譲渡率を比較すると、熊本方式を参考にした自治体ほど譲渡率が高い傾向が見られる。成功事例の横展開が、日本全体の動物福祉向上の鍵を握っている。

記事監修
獣医師 / 株式会社Buddies CEO
東京大学農学部獣医学専修卒。臨床獣医師・ペット栄養学講師。タイ・ベトナムでの獣医ボランティア、ウガンダ国立遺伝資源研究所でのリサーチフェローを経て、保護犬の犬材派遣会社・株式会社Buddiesを設立。女性起業チャレンジ大賞グランプリ受賞。NHK『おはよう日本』出演。
プロフィールを見る →