マイクロチップは命を救えるか——義務化3年の効果検証
データ分析

マイクロチップは命を救えるか——義務化3年の効果検証

装着率わずか3%の現実。義務化の理想と、データが示す厳しい実態

9分監修:寺田カーナ2026-04-05

義務化から3年——何が変わったのか

2022年6月1日、改正動物愛護管理法の施行により、ブリーダーやペットショップなどの第一種動物取扱業者が販売する犬猫へのマイクロチップ装着が義務化された。直径約2mm、長さ約12mmの小さなICチップを皮下に埋め込み、15桁の固有番号で個体を識別する。迷子になった犬猫を飼い主のもとに返す『命の保険証』として期待された制度である。

しかし、義務化から3年が経過した現在、その効果は期待を大きく下回っている。環境省のマイクロチップ情報登録サイトによれば、2025年8月時点での登録頭数は犬約152万頭、猫約62万頭。飼養頭数(犬680万頭、猫915万頭)との対比では、犬の装着率は約22%、猫はわずか約7%にとどまる。

22%
犬(全体)
7%
猫(全体)
7%
収容犬(行政)
1%
収容猫(行政)

行政収容犬猫の装着率——わずか3%

0%

行政が収容した犬猫のマイクロチップ装着率

最も衝撃的なデータは、行政が保護した犬猫のマイクロチップ装着率である。一般社団法人ペットパーク流通協会が2025年に実施した調査(全国129自治体中40自治体が回答)によれば、2023〜2024年度に動物愛護センターや保健所が保護した犬猫のうち、マイクロチップを装着していたのは犬が7%、猫が1%未満。犬猫全体ではわずか3%という結果だった。

この数字が意味するのは、行政の収容施設に持ち込まれる犬猫の大多数が、販売業者経由で飼い主に渡った個体ではないということだ。つまり、野良犬・野良猫、あるいはマイクロチップ義務化以前に飼い始められた個体が収容の大半を占めている。販売業者への義務化だけでは、殺処分問題の解決には直結しないのである。

海外のデータ——マイクロチップの効果は明白

マイクロチップの効果そのものは、海外の研究で明確に実証されている。アメリカ獣医師会(AVMA)の研究によれば、マイクロチップを装着した犬の返還率は52.2%で、未装着の犬(21.9%)の約2.4倍。猫ではさらに劇的で、装着猫の返還率38.5%に対し、未装着猫はわずか1.8%——実に21倍の差がある。

マイクロチップによる飼い主との再会
マイクロチップスキャナーで個体を特定し、飼い主との再会を果たす。装着犬の返還率は未装着の2.4倍に達する
装着犬
52
未装着犬
22
装着猫
39
未装着猫
2

イギリスでは2016年に犬のマイクロチップ装着を義務化し、2024年6月からは猫にも拡大した。オーストラリアでは各州が独自に義務化を進め、ニューサウスウェールズ州では犬猫の装着率が90%を超えている。これらの国では、義務化の対象が販売業者だけでなく全飼い主に及んでいる点が日本との決定的な違いである。

日本の制度設計の問題点

日本のマイクロチップ制度には、3つの構造的問題がある。第一に、一般飼い主への装着が『努力義務』にとどまっていること。販売業者経由で購入した犬猫にはチップが入っているが、譲渡会や知人から譲り受けた犬猫、義務化以前から飼育している犬猫には装着義務がない。

第二に、第二種動物取扱業者(動物愛護団体)への装着義務がないこと。保護犬猫を譲渡する団体にマイクロチップ装着を義務付けなければ、譲渡後の追跡が困難になる。第三に、登録情報の更新が徹底されていないこと。飼い主が変わった際の情報変更が行われず、チップが入っていても飼い主を特定できないケースが報告されている。

30
日本(販売業者のみ)
100
UK(全飼い主・犬猫)
95
豪NSW州(全飼い主)
100
EU規制案(全飼い主)

鼻紋認証という新たな選択肢

マイクロチップに代わる個体識別技術として注目されているのが、鼻紋(びもん)認証である。犬の鼻の模様は人間の指紋と同様に個体固有であり、生涯変わらない。NoseIDなどのサービスは、スマートフォンで犬の鼻を撮影するだけで個体を識別できる技術を提供している。

鼻紋認証の利点は、体内にチップを埋め込む必要がないため、装着時の事故リスクがゼロであること。また、専用のスキャナーが不要で、スマートフォンがあれば誰でも確認できる。一方、猫への適用が難しいこと、データベースの整備が発展途上であることが課題として残る。マイクロチップと鼻紋認証は排他的ではなく、相互補完的に運用することが現実的だろう。

制度を実効性あるものにするために

マイクロチップ制度を『命の保険証』として機能させるためには、3つの改革が不可欠である。第一に、全飼い主への装着義務化。努力義務から法的義務への格上げにより、装着率を飛躍的に向上させる。第二に、狂犬病予防法の犬登録とマイクロチップ登録の一元化。現在、一部自治体で特例制度として始まっているワンストップサービスを全国展開する。第三に、登録情報の更新を確実にするための仕組み——例えば、動物病院での受診時に登録情報の確認を義務付けるなど——の導入である。

マイクロチップ装着を義務化したとしても、行政による犬猫の殺処分問題が解決するわけではないことをわきまえておくことが必要です。

— 樫原弘志(経済ジャーナリスト)

マイクロチップは万能薬ではない。しかし、ペットショップ規制殺処分データの可視化、飼い主教育と組み合わせることで、動物福祉の向上に確実に寄与する。義務化3年の今こそ、制度の棚卸しと次のステップへの議論を始める時である。

参考文献・出典

  1. [1]環境省「犬と猫のマイクロチップ情報登録について」リンク
  2. [2]樫原弘志「行政が収容する犬猫のマイクロチップ装着はわずか3%」2025リンク
  3. [3]AVMA "Microchipping of animals" - Return rate studiesリンク
  4. [4]環境省「マイクロチップの現状と課題」動物愛護部会資料リンク
  5. [5]一般社団法人ペットパーク流通協会「ペットパーク通信」第20号, 2025
  6. [6]UK Government "Compulsory cat microchipping comes into effect" 2024リンク
寺田カーナ

記事監修

寺田カーナ

獣医師 / 株式会社Buddies CEO

東京大学農学部獣医学専修卒。臨床獣医師・ペット栄養学講師。タイ・ベトナムでの獣医ボランティア、ウガンダ国立遺伝資源研究所でのリサーチフェローを経て、保護犬の犬材派遣会社・株式会社Buddiesを設立。女性起業チャレンジ大賞グランプリ受賞。NHK『おはよう日本』出演。

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