
数値規制・マイクロチップ義務化・8週齢規制の実効性を検証する
2019年6月に成立した改正動物愛護管理法は、日本の動物福祉政策における最大の転換点だった。主な改正点は3つ——(1)飼養管理基準の数値規制、(2)マイクロチップ装着の義務化、(3)犬猫の販売時期を生後56日(8週齢)以降に制限する8週齢規制の完全施行である。これらは段階的に施行され、2022年6月までに全面施行された。
改正の背景には、悪質なブリーダーによる劣悪な飼育環境(いわゆる『パピーミル』)の社会問題化があった。2018年には福井県で400頭以上の犬を劣悪な環境で飼育していたブリーダーが摘発され、法規制の強化を求める世論が高まった。世界的なペットショップ規制の潮流も日本の法改正を後押しした。
数値規制は、第一種動物取扱業者(ペットショップ、ブリーダー等)に対して、飼養施設の広さ、従業員1人あたりの管理頭数、繁殖回数などを具体的な数値で定めたものである。例えば、犬の飼養スペースは体長の2倍×1.5倍以上、従業員1人あたりの管理頭数は繁殖犬15頭・販売犬20頭以下、繁殖は生涯6回・年1回まで、と定められた。
しかし、施行から4年が経過した現在、実効性には疑問が残る。環境省の調査によれば、2025年度の自治体による立入検査実施率は全事業者の約35%にとどまり、違反が確認された場合も行政指導にとどまるケースが大半である。登録取消処分が行われた事例は全国で年間10件未満と、抑止力としては不十分と言わざるを得ない。
数値規制の主な基準
8週齢規制は、生後56日未満の犬猫の販売・引渡しを禁止するものである。幼齢期に母犬・母猫や兄弟から引き離されると、社会化が不十分になり、噛み癖や分離不安などの問題行動につながることが科学的に示されている。EUでは8週齢規制が標準であり、日本もようやく国際水準に追いついた形である。
ただし、日本犬保存会の要望により、天然記念物に指定された日本犬6犬種(柴犬、秋田犬、甲斐犬、紀州犬、四国犬、北海道犬)については49日(7週齢)での販売が認められるという例外規定が設けられた。この例外の科学的根拠は薄く、動物福祉の観点からは批判が多い。
2022年6月から、ブリーダーやペットショップ等の第一種動物取扱業者が販売する犬猫へのマイクロチップ装着が義務化された。一般の飼い主については努力義務にとどまる。マイクロチップの効果検証で詳述したように、行政が収容する犬猫のマイクロチップ装着率はわずか3%であり、制度の浸透には時間がかかっている。
課題は登録データベースの分断にもある。環境省の指定登録機関と、従来から存在する民間のAIPO(動物ID普及推進会議)のデータベースが統合されておらず、迷子動物の照会に手間がかかるケースが報告されている。英国のように一元化されたデータベースの構築が急務である。
2019年改正で、動物殺傷罪の法定刑が『2年以下の懲役又は200万円以下の罰金』から『5年以下の懲役又は500万円以下の罰金』に引き上げられた。これは器物損壊罪(3年以下の懲役)を上回る水準であり、動物を単なる『物』ではなく、感覚を持つ存在として扱う法的姿勢の転換を示している。
動物の愛護及び管理に関する法律は、動物が命あるものであることにかんがみ、何人も、動物をみだりに殺し、傷つけ、又は苦しめることのないようにするのみでなく、人と動物の共生する社会の実現を図ることを目的とする。
— 動物愛護管理法 第1条
動物愛護管理法は概ね5年ごとに見直しが行われる。次回改正(2024年を目途)に向けて、以下の論点が議論されている。(1)アニマルポリスの設置——動物虐待の通報・捜査を専門に行う組織の創設。(2)繁殖業の許可制への移行——現行の登録制から、より厳格な許可制への変更。(3)ペットショップでの生体販売規制——欧州諸国のようにペットショップでの犬猫販売を禁止する案。(4)動物愛護管理センターの法定化——自治体の動物愛護施設の設置基準と人員配置の法定化。
世界の動物福祉先進国と比較すると、日本の動物愛護法はまだ発展途上にある。しかし、2019年改正は確実に大きな一歩であった。法律の実効性を高めるためには、自治体の監視体制の強化と、市民の意識向上の両輪が不可欠である。日本データダッシュボードで殺処分数の推移を確認し、法改正の効果を継続的にモニタリングしていきたい。

記事監修
獣医師 / 株式会社Buddies CEO
東京大学農学部獣医学専修卒。臨床獣医師・ペット栄養学講師。タイ・ベトナムでの獣医ボランティア、ウガンダ国立遺伝資源研究所でのリサーチフェローを経て、保護犬の犬材派遣会社・株式会社Buddiesを設立。女性起業チャレンジ大賞グランプリ受賞。NHK『おはよう日本』出演。
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