
熊本方式・神奈川モデルから学ぶ、殺処分削減の成功要因と限界
日本には都道府県・政令指定都市・中核市が設置する動物愛護管理センター(または保健所の動物愛護担当部署)が約130カ所存在する。しかし、その設備・人員・予算には自治体間で大きな格差がある。日本の動物収容施設の実態で報告したように、老朽化した施設で限られた人員が対応している自治体が多い。
環境省の調査によれば、動物愛護管理に専従する職員数は全国平均で1自治体あたり約5名。うち獣医師資格を持つ職員は平均2名程度である。年間予算は自治体によって数百万円から数億円まで100倍以上の開きがある。この格差が、殺処分率の地域差に直結している。
熊本市動物愛護センターは2002年、全国に先駆けて殺処分ゼロを目指す取り組みを開始した。当時の所長が『殺処分は行政の敗北である』と宣言し、以下の施策を実行した。(1)飼い主からの安易な引取りを断り、飼い続ける方法を一緒に考える。(2)収容動物の情報をウェブサイトで公開し、飼い主の発見と新しい飼い主の募集を同時に行う。(3)ボランティア団体との連携を強化し、一時預かりネットワークを構築する。(4)譲渡条件を厳格化し、返還率を下げる。
この取り組みにより、熊本市の犬の殺処分数は2002年の約1,000頭から2010年にはほぼゼロにまで減少した。猫についても大幅な削減を達成している。熊本方式の成功は全国の自治体に大きな影響を与え、多くの自治体が同様の取り組みを開始するきっかけとなった。
神奈川県動物愛護センターは、2014年に犬、2015年に猫の殺処分ゼロを達成した。神奈川モデルの特徴は、行政と民間ボランティアの緊密な連携にある。県は登録ボランティア制度を設け、約200の個人・団体が一時預かりや譲渡活動を担っている。
また、神奈川県は2019年に新しい動物愛護センターを開設し、従来の『収容・処分施設』から『譲渡・教育施設』へとコンセプトを転換した。新施設にはドッグランやトレーニングルーム、動物愛護教室用の講義室が設けられ、市民が気軽に訪れる開かれた施設となっている。
先進自治体の犬殺処分数の推移(2015年→2024年)
京都動物愛護センターは、2015年に京都市と京都府が共同で設立した全国初の府市共同施設である。従来、動物愛護行政は都道府県と政令指定都市で二重行政になりがちだったが、京都はこれを統合することで効率化を実現した。施設にはドッグラン、カフェ、夜間動物救急センターが併設され、年間約10万人が訪れる。
京都方式のもう一つの特徴は、動物愛護教育への注力である。小中学校への出前授業を年間200回以上実施し、子どもの頃から動物の命の大切さを教えている。この教育活動が、長期的な殺処分削減につながると期待されている。
日本データダッシュボードで確認できるように、殺処分率が高い自治体にはいくつかの共通点がある。(1)動物愛護専従職員が少ない(3名以下)。(2)ボランティア団体との連携が弱い。(3)施設が老朽化し、収容能力が不足している。(4)TNR(Trap-Neuter-Return)活動が活発でなく、野良猫の流入が止まらない。(5)離島や過疎地域で、捕獲された犬猫の引き取り先が見つかりにくい。
特に深刻なのは、地方の小規模自治体である。人口減少に伴い行政の人員・予算が縮小する一方、野良犬猫の問題は解消されない。ドイツのティアハイムのように民間が主体となるモデルも参考になるが、日本では動物愛護団体の財政基盤が脆弱であり、行政の支援なしには成り立たない現実がある。
全国の先進事例と課題を踏まえ、以下の改善策を提言する。第一に、動物愛護管理センターの設置基準と人員配置の法定化。現行法では自治体の裁量に委ねられているが、最低限の基準を法律で定めるべきである。第二に、広域連携の推進。京都方式のように、都道府県と市町村が連携して施設・人員を共有する仕組みを全国に広げる。第三に、動物愛護法の次回改正で、自治体の動物愛護事業に対する国の財政支援を拡充する。
殺処分ゼロは一部の先進自治体だけの目標ではなく、日本全体の目標であるべきだ。そのためには、成功事例の横展開と、構造的課題への制度的対応の両方が必要である。世界データダッシュボードで各国の取り組みを比較しながら、日本に最適なモデルを模索していきたい。

記事監修
獣医師 / 株式会社Buddies CEO
東京大学農学部獣医学専修卒。臨床獣医師・ペット栄養学講師。タイ・ベトナムでの獣医ボランティア、ウガンダ国立遺伝資源研究所でのリサーチフェローを経て、保護犬の犬材派遣会社・株式会社Buddiesを設立。女性起業チャレンジ大賞グランプリ受賞。NHK『おはよう日本』出演。
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