
矢野経済研究所・経産省データから読み解くペット産業の光と影
矢野経済研究所の調査によれば、2024年度の日本のペット関連総市場規模は約1兆8,000億円に達した。この数字は2015年の約1兆4,700億円から約22%の成長であり、少子高齢化が進む日本において数少ない成長市場の一つである。
市場の内訳を見ると、ペットフード・おやつが約6,500億円(36%)で最大のセグメントを占め、次いで動物病院・医療費が約4,500億円(25%)、ペット用品・サービスが約3,500億円(19%)、生体販売が約2,000億円(11%)、ペット保険が約1,500億円(8%)となっている。
ペット関連市場の内訳(2024年度)
約2,000億円の生体販売市場は、ブリーダー(繁殖業者)→ オークション(競り市場)→ ペットショップ → 消費者、という流通構造で成り立っている。この中間流通の存在が、日本のペット産業の最大の特徴であり、問題の根源でもある。
ペットオークションは全国に約20カ所存在し、年間約30万頭の犬猫が取引されている。ブリーダーが生後8週を過ぎた子犬・子猫をオークションに出品し、ペットショップのバイヤーが競り落とす。1頭あたりの落札価格は犬種や血統によって大きく異なるが、人気犬種(トイプードル、フレンチブルドッグ等)は10〜30万円、ペットショップでの販売価格は30〜60万円が相場である。
生体販売ビジネスの裏側には、いわゆる『パピーミル(子犬工場)』の問題がある。利益を最大化するために、母犬を狭いケージに閉じ込め、健康を無視して繰り返し繁殖させる悪質なブリーダーが後を絶たない。2019年の動物愛護法改正で数値規制が導入されたが、監視体制の不足から違反が見逃されるケースも多い。
経産省の統計によれば、第一種動物取扱業者(販売業)の登録数は全国で約2万件。このうち、個人経営の小規模ブリーダーが約70%を占める。小規模ブリーダーの中には適正な飼養管理を行っている優良業者も多いが、自治体の限られた人員では全事業者への定期的な立入検査が困難であり、悪質業者の排除が進まない構造的問題がある。
第一種動物取扱業者(販売業)の登録数
日本のペットショップ数は約5,500店舗(2024年時点)。大手チェーン(イオンペット、コジマ、ペットのデパート東葛等)が約30%、中小個人店が約70%を占める。ペットショップの収益構造は、生体販売が売上の約40%、フード・用品が約35%、トリミング・ホテル等のサービスが約25%という構成が一般的である。
生体販売の粗利率は約40〜50%と高く、ペットショップの経営を支える柱となっている。しかし、売れ残りリスクも大きい。生後3カ月を過ぎると販売価格は急落し、6カ月を過ぎると原価割れになることも珍しくない。売れ残った犬猫の行き先は、値引き販売、ブリーダーへの返還、保護団体への引渡し、あるいは最悪の場合、遺棄や殺処分である。
ペット関連市場の中で最も成長率が高いのがペット保険である。2024年度の市場規模は約1,500億円で、2015年の約500億円から3倍に成長した。ペット保険の加入率は約15%(犬約18%、猫約10%)で、英国の約25%、スウェーデンの約40%と比較するとまだ低いが、年々上昇している。
ペット保険の普及は、飼い主の医療費負担を軽減し、結果として経済的理由による飼育放棄を減らす効果が期待される。しかし、保険加入の前提として健康な個体であることが求められるため、保護犬猫(特に高齢個体や持病のある個体)は加入が困難なケースが多い。保護犬猫向けの保険商品の開発が今後の課題である。
フランスやイギリスでは、ペットショップでの犬猫の生体販売が禁止または大幅に制限されている。日本でも同様の規制を求める声は高まっているが、約2,000億円の生体販売市場と約5万人の雇用が関わるため、急激な規制は現実的ではないという意見もある。
現実的な移行シナリオとしては、(1)ペットショップを『保護犬猫の譲渡拠点』に転換する、(2)ブリーダーからの直接販売のみを認め、中間流通(オークション)を廃止する、(3)生体販売に高率の税金を課し、その税収を動物愛護事業に充当する、などが議論されている。いずれの場合も、殺処分データと産業データの両方を見ながら、段階的に進めていく必要がある。

記事監修
獣医師 / 株式会社Buddies CEO
東京大学農学部獣医学専修卒。臨床獣医師・ペット栄養学講師。タイ・ベトナムでの獣医ボランティア、ウガンダ国立遺伝資源研究所でのリサーチフェローを経て、保護犬の犬材派遣会社・株式会社Buddiesを設立。女性起業チャレンジ大賞グランプリ受賞。NHK『おはよう日本』出演。
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